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九条劇

​浜辺ふう ソロ演劇ユニット since 2018

 
 

<九条劇>第三回公演『キルト』

歴史が重ね縫われたまち、東九条。

『キルト』は、植民地下の朝鮮から現在の京都まで、プンムルのリズムに乗りながら時代・民族・国籍を飛び超えて描かれる音楽劇。
音と言葉が溶け合い、歴史と人が混ざり合うとき、「東九条文化」がダイナミックに立ち現れる。<九条劇>第三回公演!

会場

THEATRE E9 KYOTO (京都市南区東九条南河原町 9-1)


日時

2019年
9月6日(金)19:00

9月7日(土)14:00/19:00

9月8日(日)14:00


チケット

一般:2,500円

ディスカウント*:1,000円

(*対象:中学生、高校生、及びお財布事情の厳しい方。こちらは九条劇メール予約のみの受け付けとなります→ kujogeki@gmail.com


九条劇メール予約
「希望の回の日時・お名前・人数」を明記の上、 kujogeki@gmail.com 宛にメールを送信


公演情報&ご予約はTHEATRE E9 KYOTO から。
チラシデータはこちらからご覧いただけます。

日本文化と朝鮮文化の境い目に生まれ育った私にとって、創作活動の原点はまさに自分のルーツの捜索活動だった。 東九条という地域について、そこで育った自分について、私はずっ と考えてきた。劇団まで立ち上げ、芝居までつくって。自分を撚っている糸を一本一本分解し、歴史と人間の編み目を一度解きほぐすこ とが、このまちで続きを織るには必要だったのだと思う。在日コリアンの集住地域である東九条は、ただ小さなコリアとして存在するのではない。ここは朝鮮人と日本人がぶつかりながらまた肩を抱き 合いながらつくったまちである。それは近年さらに多様な人々を受 け入れ鮮やかさを増している。そのまちのあり方に代表されるもの の一つが「東九条マダン」であると私は思っている。マダンと同じ 1993年生まれの私にとって、マダンは遊び場であり、学び場であり、 居場所であった。マダンで生まれる音楽や芸術文化は、上から与え られたものではなく、朝鮮から渡った人々が伝え、また日本でそれ に出会った在日コリアンとその音に惚れ込んだ日本人たちが、まさ に血と汗の結晶として生み出したものだ。私は、朝鮮の文化と日本 の文化が混ざりあった、この東九条で生まれ育った日本人なのだ。

糸を手繰った先は、1910年から始まった朝鮮への植民地支配まで さかのぼる。そしてそれは、ヘイトがはびこる現在に繋がっている。 ヘイトスピーチの波が東九条を襲ったあの日、私がなんとか保って いたアイデンティティとナショナリティをつなぐ縫い目が断ち切ら れた。2019年、10周年を“記念”したデモがまた行われる何も変わら ない時代に、歴史と向き合わないまま再開発が謳われるこの時代に、 私はまた芝居を書く。それには軽やかさも大事だ。私の大好きなプ ンムルの音をもって、今の時代に投げたい私の「声」にしよう。さぁ、 한판 놀아보세! ほな、いっちょみんなで踊ろか!


九条劇 浜辺ふう

______________________

作・演出:浜辺ふう


出演: 浜辺ふう 山口惠子[BRDG] 舩越義正 長谷川ゆい 朴哲 イム・スンファン

音楽:イム・スンファン+朴哲

主題歌作曲:見汐麻衣

衣装:中沢玲子+朴清子

舞台監督:關秀哉/浜村修司

照明:安武千沙子

字幕オペ:陳蓮花

プロデュース:山﨑なし

主催:九条劇

この取組は、南区役所の令和元年度 「みなみ力で頑張る!区民応援事業」 による補助金を活用しています。
THEATRE E9 KYOTO オープニングプログラム
京都芸術センター制作支援事業

お問合せ  kujogek@gmail.com

​​浜辺ふう

​​九条劇主宰

京都・東九条生まれ。朝鮮半島の文化と日本の文化が交わった地域で育ち、6歳のときに自分が日本人だと知らされ衝撃を受ける。以来、植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた。また、幼い頃から参加していた地域のまつり「東九条マダン」でマダン劇に出演したことをきっかけに演劇に興味を持つ。立命館大学に在学中、アメリカン大学(DC)へ留学。国際関係学・平和学を学ぶと同時に学生団体を設立し、東アジアにルーツを持つ学生たちと 演劇作品を制作した。卒業後、韓国へ留学。高麗大学国際大学院(ソウル)を2017年夏修了。2018年6月、生活の延長線上として演劇活動をしていくためにソロユニット〈九条劇〉を設立、「一人芝居 ウリハラボジ」を公演した。

 
 
 

​​これまでの活動

​二人芝居「エコー」

2019年6月7日-8日 @九条湯

「この地域の語り部になってくれ」

重松先生が亡くなった。地域の運動を引っ張ってきたおっちゃんの一人だった。見て見ぬふりをしていた宿題に取り掛かるべく、小学校の同級生の二人が再会し、地域の歴史を掘り起こしていく。語り部としての二人が挑戦するのは……漫才!? 先生たちが激動の時代を経て作り上げた多文化共生の“ぬるま湯”で育った若者が、次世代の語り部としていまステージに立つ―。


私はこの地域を狭くて息苦しいところだと思っていました……思っています、実は今も少し。何かについて話す時、それが東九条の歴史、もっと言えば日本と朝鮮半島の歴史の延長線上に置かれても瑕疵がないか、日本人である私に見合った“形”になっているか、常に細心の注意を払ってきたからです。年を重ねながら、“日本人として正しい姿勢”を身につけていくにつれ、幼い頃、朝鮮の文化が根付いた広場を「ただただ好きだ」という理由で駆け回っていたあのときの自分が無節操であったようにも思えて苦しくなり、私は行き場を失い、東九条を、京都を、日本を離れました。

でもやはり私は気付くとまたここで生きようとしています。私は、ここで生まれ育った私として、誰に聞かれても誤解されないように、角をとって丸くした加工済みの言葉ではなく、私の言葉を堂々といつか話せるのだろうか。また同じ気持ちで広場で遊べるだろうか。この東九条が、憎らしい。でも、なぜこんなにも愛おしく思うのか。惠子さんと、この“宿題”に取り掛かりました。

第26回東九条マダンにて

一人芝居「桃太郎のルーツ」@崇仁テラス

2018年11月3日

高瀬川の上に作られた広場、崇仁テラスにて行われた一人芝居。京都市芸術大学に通っているお二人の作品と溶け合うようにして上演しました。
「桃太郎は何人だったんだろう」
様々な場所や人の間を流れ、繋ぐ川の上で、自分のルーツはどこに繋がっているのか、自分はどこに向かって流れていくのか考えた芝居です。

​一人芝居・浜辺ふう版 「ウリハラボジ」

2018年6月16日-17日 @Books x Coffee Sol.

ある日、大好きな“おじいちゃん”が口にした、朝鮮人を差別するような言葉。「私」は心の隔たりを感じながらも、その距離を保って「良き孫」であろうとする。しかし、祖父の重病発覚とともに介護という極限の近さのなかでの生活が突如はじまった。二人で過ごす最期の時間、「私」は家族として、人として“おじいちゃん”との新たな関係を模索するが ― 。


「ウリハラボジ」は朝鮮語で“うちのおじいちゃん”という意味で、1987年に初演された同名のマダン劇作品があります。在日朝鮮人一世である“おじいちゃん”の語りを通して、孫が歴史と自身のルーツを知っていくという内容で、いまもハンマダンにより上演されています。もっとも近い他者と向き合うとは、それを認めるとはどういうことか。上の世代から話を聞くことで、自身のルーツと向き合い、成長していく在日コリアンの話があるように、日本人が年長の世代をどのように見つめ、悩み、もがいているかを、「私」を通して返歌のように書きたいと思いました。ルーツを大切にすることと、ありのままであることが一致しない場合、私たちはどこに立ち、だれと共に生きていけばいいのか。自分に繋がる他者から歴史を見つめようとする、ポストコロニアル社会を生きるある日本人の葛藤を主題にした作品です。

第25回東九条マダンにて
一人芝居「第100回東九条マダン」@元山王小学校

2018年11月3日

​​東九条マダンと同い年の主人公が100歳になり、自身の幼少期の思い出を語ることで多文化共生の大切さを訴える一人芝居。

 

公演・出演依頼お待ちしております。

​​浜辺ふう

 

お問い合わせ

 
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